2021年9月19日

11:00頃

きれいな秋晴れ。これだけ気候がいいのだから今日という日を有意義に過ごさなければならない、というようなプレッシャーを感じる。といっていったいどうすれば有意義に過ごしたことになるのかがわからない。とりあえず昼寝をしてしまうのだけは避けようと、思いつく限りの作業をかたっぱしからやっつけて、眠らないようにする。そうしているうちに妙案が浮かぶだろうと思った。お湯をかぶって寝ぐせをなおしたり、メルカリの梱包をしたり、今度のライブでライブTシャツにあわせるパンツと靴下を検討したりした。

 

12:30頃

昼食を終え、午後の過ごし方を本格的に考えはじめる。どこかでアイスコーヒーをテイクアウトして、風を浴びながら木陰で本を読みたいと思った。近場でそういうことができそうなところを調べたが、ないのであきらめた。50分ほど悩み、隣のM駅から歩いて数分のところにあるコーヒー屋に出かけることを決めた。

 

13:30頃

梱包の済んだメルカリの荷物を携え、自転車にまたがった。E通りのセブン‐イレブンには三分ほどで着く。こちらが荷物を抱えてレジに向かおうとしたときには既に店員がバーコードリーダーをもって待ち構えており、荷物に貼る伝票みたいなものもいつの間にか用意されている。すごい、と、恥ずかしい、が同時に押しよせる。

 

13:40頃

Googleマップに従い、陸橋をくだる。いつからそうなったのか知らないが、車道の端にここは自転車用のスペースだと示すように青い矢印みたいなものが描かれていて、それがずいぶんな幅をとっている。自転車の側からしたらありがたいが、自転車にこんなに幅をもっていかれては自動車のほうが困るのではないかという気もする。というか、これまでに何度もここを自動車で通っているが、こんな矢印のあることなどまったく気づかなかった。ともあれいまは自転車の側であるわけなので、こうした配慮をありがたく思いながら、前輪がその矢印の先端をちょうど通るようにハンドルを操作してみる。陸橋をくだりきるまでに、一台の自動車にも追い越されることはなかった。

K通りをわたり、さらに直進。A川に突き当たったところを右に折れると橋が架かっており、その狭い歩道をよろよろと進んだ。Googleマップは橋の反対側にわたって川沿いの道を行けといっている。信号も横断歩道もなく、まったく無茶な指示だと思ったが、幸いにして自動車の流れが停滞していたので、どうにかその通りにした。ひどい砂利道だった。もっとまともなルートがあるだろうことは地図を見るだけでもあきらかなのだが、Googleマップにそうしろといわれるとなぜか妙に律儀になってしまうところがある。

それからしばらくは用水路に沿って伸びる細道を進んだ。用水路といっても草木が生い茂っているので実際に水が通っているのかはよくわからない。やけに丈のある草の先には黄色い花が散りばめられており、それが青空に映えてきれいではあったが、わざわざ自転車を停めて写真におさめるほどではないのでそのまま通りすぎた。

やがて用水路とは反対の側に田園がのぞいた。薄茶色の稲穂が垂れており、もうそんな季節かと思ったが、よくよく考えてみれば稲がいつ頃に植えられてどれくらいの時期に色づくのかなんてことはまるで正確なところを知らない。Googleマップはあぜ道を進むよう示していたが、さすがにこればかりは無視してアスファルトの道を選んだ。

 

14:10頃

目当てのコーヒー屋を見つける。ずいぶん小ぢんまりとしていて、そうと知らなければ見過ごしてしまいそうなたたずまいだった。自転車を駐める場所が見当たらないので、やむを得ず通りの反対側にあるセブン‐イレブンの駐輪場を借りることにした。こっちでメルカリの発送をすれば自転車を駐める大義名分もいちおう得られたものを、と無理を承知で思ってみる。

店内は壁に沿ってカウンターが設えられ、それから二、三のテーブルが置かれていた。先客は三組ほどあった。店員がお好きなところをというので窓際のカウンターに向かいかけたが、そのカウンターというのが、店の隅に嵌めこまれたL字型の板の各辺にひとつずつ椅子を置いたもので、壁と対峙して窓を横目に見るほうの席には既にひとりの女性客があった。もう一方の席はまさに窓と向かい合う恰好で、往来をながめつつ風を浴びられる申し分のない位置にあるのだが、その女性からしたらほかに空席はあるのにあえてこの狭いL字のもう一辺を狙ってきた不審な男と映りかねない、というためらいが生じ、足が止まってしまった。もう一度店内を見まわす。しかしほかは女性のふたり組と隣り合うことになったり、あるいは店主と向かい合うことになったりといまひとつ気が進まないし、なにより窓から吹きぬけるこの風をじかに浴びられないのは惜しい、とはじめの気持ちにあらがえず、結局窓際の席を選んだ。

店員がメニューをもってくる。最初に注意書きがあり、会話時はマスク着用、店内利用は一時間まで、などわりに細かい事項が並べられている。iPhoneを見ると14:15とあるので、15:15にはここを出ないといけないと考える。

数分悩んで、季節のブレンドを注文した。それから前職時代の同期LINEに通知があったのを思い出す。昼ごろに投稿されたGoogleアナリティクスにまつわる質問がいちおう解決したと見え、なにやらくだけた調子の返信がついている。内輪なら通じる内容なのだろうが、既に外部の人間なので意味はよくわからない。ただもともとの質問のほうはまさにいまやっている仕事の領域だから、あの会社にもどるようなことがあっても案外やっていけるのかもしれないと思う、同時に、もう二度と広告代理店では働きたくない、という思いが湧きあがる。

 

14:25頃

季節のブレンドが運ばれてくる。説明にあった通りフルーティーな香りがする。iPhoneで時刻を確かめ、あと50分以内には飲み終えないといけないと意識する。『夢判断』の下巻がいま270ページだから、それまでにあと30ページは進めておきたい。

 

15:00頃

『夢判断』が(当たり前ではあるが)夢の話ばかりするので飽きてきて、流し読みしていたらいつの間にか文脈を追えなくなっていた。とはいえあと5ページで300ページに到達するのでとりあえず気合で読み進める。別に精神分析の研究者になりたいわけでもないんだからいいだろうという気持ちと、こういうことばかりしているからいつまで経っても頭がわるいのだ、それにこんな態度で読書をするくらいならしないほうがマシだ、という自責の念とがせめぎ合うなかで、とにもかくにも300ページめに至る。残り五分の一ほどになったコーヒーを飲み干す。まだ10分くらいはいられるが、きりもいいので出ることにした。

 

15:05頃

セブン‐イレブンにもどろうとすると、駐輪場に三つの人影がちらちらしている。なにか取り締まりのようなものでも行なわれているのだろうかと急に不安になる。ところが近づいてみるとその三人というのは母親ひとりと小学生ほどの息子ふたりといった構成で、なにやら駐められた自転車のサドルをティッシュのようなもので拭いてまわっている。いったい目の前でなにが繰りひろげられているのかわからず、こちらが呆然としているうちに、その三人は山となったティッシュのようなものをビニル袋に詰めてどこかへ行ってしまった。なにがなんだかわからなかった。ただ、自分の自転車のサドルを見ると、たしかに濡れたものでなにかを拭きとったような跡がある。

考えられるのはかれらが、たとえば息子たちがアイスを他人のサドルにこぼしたかどうかしてなんらかの汚れをつけてしまったのでそれを拭きとった、というパターンか、あるいはこちらはまったくの善行であるような、たとえば鳥の糞が一面に降ってきたのでそれらをまとめて拭きとってやった、というパターンか、それくらいなものだった。ただ、いずれにしろなにがどういうわけで附着していたのかがわからないというのは気色がわるいし、こわい。こわいので、とりあえずサドルに尻を着けぬよう立ち漕ぎになって逃げた。それから駅前のファミリーマートにはいり、キレイキレイの除菌シートを購入。念入りにサドルを除菌し、ようやく腰を落ち着けた。

 

15:15頃

Googleマップに自宅の住所をいれると複数のルートが提示される。行きと同じではつまらないのでS市を経由して帰る方法を選択。

頭のなかではいまだにあの三人組がサドルを拭いており、あんたらが働いたんは悪行と善行どっち、という問いかけがぐるぐるしている。そうして川上未映子の『夏物語』を読んでいるせいでこんな口調になっている、と思う。でもそれじゃあ普段の自分が物事を考えるときはいったいどんな語調なのかといわれると、わからない。思考の文体、というそれっぽい言葉が思い浮かんだ。

 

15:35頃

Googleマップの示す通りに国道を走っていたものの、あきらかに自転車ではなし得ない移動を求められ、従うことを断念。地元の方面にもどれるよういちおうの見当をつけて国道をはずれると、ランニングコースのような舗道が敷かれた土手に出た。川と反対の側には樹々が植えられており、枝がずいぶん低いところまで垂れてきているので、時おり頭を下げる必要があった。ただこういうものは自分がそのように感じているだけで、はたから見れば案外余裕があり、いったいあれはなんでひょこひょこと頭を下げているのだろうとおかしく思うかもしれない。ビッグサンダーマウンテンにはじめて乗ったとき、途中、本気で頭をぶつけると思って首をひっこめたことがあったと思い出す。

道ばたには曼殊沙華の赤が連綿と続いていた。このあいだだれかが、それがリアルだったかTwitterだったかも定かではないのだけれど、あのひとは彼岸花のことをあえて曼殊沙華という言い方をするようなひとだ、みたいな批評を下していて、自分はその両者の使い分けになんらかのニュアンスをもたせたことがなかったから、そう感じるひともいるんだなと思ったことを思い出しつつ、あれはだれの発言だったろうともやもやする。

 

15:45頃

知っている道に出て安堵する。昔からファッションセンターしまむらがあるところに相かわらずファッションセンターしまむらがあるので、懐かしさのようなものをおぼえて十数年ぶりに入店した。十数年前と同じような服が売られているのを見て驚く。

 

15:55頃

おおきい公園の脇を通りかかると小学生のサッカークラブが試合を行なっていたので、思わず自転車を停める。小学生のサッカーが見たい、という昨晩にツイートをしようとして結局しなかった願望が思いのほかはやく達せられた。ゴールに対してキーパーの身体があまりにも小さいので、こんなものミドルシュートを打ってしまえば一発だろうと思うのにそうはならない。ボールが左サイドに転がると皆がいっせいに左サイドに押しよせ、逆サイドはがら空きになる。それでも本人たちは一所懸命で、かつては自分もこうだったのだという思いが込みあげてくる。

あんまり見ていてもあやしまれる、と自転車を漕ぎだしたそのとき、ふと、今日のことを文章にまとめようと思った。いや、まとめるというより、ただ見たこと思ったことをありのままに描出したい。もちろんそういうことは厳密には不可能なのだが、読み手の目を意識して構成を整えたり、説明やあとから思ったことをつけ加えたり、そういうのはいっさいなしでやってみたい。

 

16:05頃

いよいよ見慣れた道にまで帰ってきた。自転車を漕ぎながら、行きにGoogleマップの無茶な案内に従ったこと、そのときGoogleマップにはなぜか律儀になってしまうと考えたことは必ず書こう、それから思考の文体のことも忘れないようにしよう、と既に帰宅後に記す内容を思いかえしはじめている。するとなぜかAKB48の「涙サプライズ!」のサビが急に脳内に流れだした。

 

16:20

帰宅